『リアル・フィクション』
これは現実の傍らにある映画。
ビデオカメラがもたらした、誰かが、どこかで、今を生きてゆくために見つめた世界。
ここには、過剰な物語も、飾りたてた映像も、賑やかな音響も必要はない。それら現実との間に作り出される魅惑的なベールは、私たちの現実感覚を麻痺させ、生きているこの場所/この世界に対する思考を弛緩させるだけだ。今日もまた映画館に行って、何度も繰り返されてきた前時代のリアリティ(現実らしさ)の遊戯に付き合わなければならない。既に映像も感情も何もかもが出来上がってしまっている。それをまた見てまた同じように感じるのだ。
私たちはもう、映画館の中にだけ存在する紋切り型で社交的で安全な物語、そんな世界像にはもう辟易している。
そして私たちは、改めてその事実に目を向けなければならない。一刻も早く現実らしさ(リアリティ)の彼方へと飛び出し、別の形と、別の思考をもった、私たちの信じられる映画を作ることを始めなければならない。
重要なのは、「リアルとフィクション」という分類ではなく、「リアルとフィクション」を繋いでいる接続詞「と」の部分であるはずだ。何かと何かを繋ぎとめるもの、映像が本来持っていたその力をありのままに受け入れて、映像における虚構と現実が云々という議論に言葉を費やすのはもうやめよう。新たな現実と新たな現実感覚は、私たちのすぐそばで息づいている。
私たちは、“私”という個人と“世界”の間に広がる微細な回路を繋ぎ直す自分なりの方法を必要としているのだ。それは現実から遠く離れた場所ではなく、現実の傍らから始まるのかもしれない。 |